音メディア処理研究室

 
シャント音解析を用いた血管狭窄度診断支援の研究

シャント音解析を用いた血管狭窄度診断支援の研究

背景

腎不全などの患者は体内の老廃物を排出するために人工透析を行う。透析時の血流量を確保するためにシャントを作成するが、患者の高齢化などに伴いシャント血管が狭窄、閉塞してしまうなどといったトラブルが起こる。これらのトラブルを早期発見できれば、軽度な負担でシャント機能の改善が可能となる。患者は自分のシャント機能を確認するために、シャントから聴取されるシャント音を聴取することで確認を行う。

シャント・シャント音とは

シャントとは腕などの静脈と動脈を吻合することによって作成される。
シャント音とはシャント吻合部から静脈にかけて聴取される音である。

以下の音源は熊本赤十字病院の「シャント音CD ver2」のシャント音の例である。

正常なシャント音

 

異常なシャント音

 

目的

シャント音からシャント機能を機械に識別させることを大きな目的する。このことで専門的な知識のない患者も使用することができ、患者や医療スタッフの負担が軽減することが考えられる。

しかし、このようなシステムを実現させるためには、高度な識別精度が必要となる。

従来研究

シャント音を解析している従来研究には以下のようなものがある。

解決したい課題

西谷らの研究や佐々木らの研究で使用されている録音機材は周波数領域が狭く、シャントの特徴を十分に捉えられていないことが考えられる。西谷らの研究で用いられている電子聴診器(リットマン ステソスコープ Model4000,4100)の周波数領域は20-1000Hz、佐々木らの研究で用いられているTA-701Tの周波数領域は20-600Hzである。矢巻らの研究によると、狭窄したシャント音からは1000-2000Hzの特徴が得られるとされているため、これらの特徴が十分に得られていないと考えられる。

また、矢巻らの研究では「シャントが正常なときに聴取されるシャント音」、「狭窄しているときに聴取されるシャント音」、「閉塞しているときに聴取されるシャント音」の識別を行っているが、実際のシャントとの関連が分からないといった課題がある。実際のシャントとの関連が分からないため、それらのシャント音が正しく識別できているか評価できない。

提案手法

今回、従来研究の課題を解決するために、

①周波数領域の広い録音機器を用いる

②エコー画像から得られた数値を利用した識別

この二つを用いた手法を提案した。

①の提案の狙いとして、周波数領域を持つ録音機器を用いることで、狭い周波数領域では得られなかった特徴、特に高周波数帯域に含まれる狭窄しているシャント音の特徴を得ることを狙っている。

②の提案の狙いとして、エコー画像から得られた数値は客観的な数値であり、シャント機能を客観的に示すことができることを狙っている。

収音

ここでは、収音時に利用したマイクロホンについて述べる。今回はマイクロホンにチェストピースを接続した聴診器付きマイクロホンを自作した。マイクロホンにはオーディオテクニカ社のAT9903を利用して、収音を行った。また比較のために、電子聴診器(リットマン エレクトロニックステソスコープ Model3200)を用いて収音も行った。

 

識別

ここでは、識別を行うために行った処理を述べる。

はじめに、学習フェーズについて説明する。

RI値が低いものとRI値が高いものとラベリングしたデータ群からそれぞれ、正規化相互相関係数、周波数パワーの割合、MFCCを算出し、それぞれの値を学習に利用する。今回は、RI値が低いものとRI値が高いものの2クラスであるため、識別器にはSVMを利用した。

次に、識別フェーズについて説明する。

識別したいシャント音から正規化相互相関係数、周波数パワーの割合、MFCCを算出し、学習フェーズで学習したSVMを用いて、識別を行う。

次の図では、RIについての説明を以下にする。

 

ここで、「シャント管理における超音波パルスドップラー法の有効性」(村上康一  2003)の調査によるとRI値が0.6を超えるとシャント機能の不良なグループが増加する傾向が見られることが分かっている。そこで今回はRI値が0.6未満のグループと0.6以上のグループに分割し、識別を行うこととした。

ここで、今回利用したデータのうち、スタッフによる判断があったAVF患者61名で、狭窄の疑いがないと判断された患者が49名、狭窄の疑いがあると判断された患者は12名であった。疑いがないと判断された患者のうち、28名はRI値が0.6未満、21名がRI値が0.6以上であった。また疑いがあると判断された患者のうち4名が0.6未満、8名がRI値が0.6以上であった。

以下の図で赤丸で囲まれたものを正解、青丸で囲まれたものを不正解回答とした場合、正解率は59%となった。これをスタッフによる判断の識別精度の基準として扱う。

特徴量についての説明を以下にする。

実験

今回の実験の目的は提案手法の有効性の確認とする。

録音機材による違いを確認するために、聴診器付きマイクロホンと電子聴診器(リットマン ステソスコープ Model3200)を用いて録音したシャント音を使用する。またRI値が0.6未満のグループと0.6以上のグループでSVMに学習を行わせ、識別を行った。学習や識別に利用するデータセットを5グループに分割して、5次交差検定を行い、正解率、F値での評価を行う。

また、スタッフによる判断と比較することで、RI値を学習させた結果との比較も行う。

実験条件は以下のようになる。

実験の結果

実験結果を以下の図に示す。

まとめ

研究の目的

シャント音からシャント機能を機械に識別させる

提案手法

①周波数領域の広いマイクロホンを用いて得られたシャント音から特徴量を抽出し、②エコー画像から得られたRIを用いて識別させる。

結果

①電子聴診器で録音したシャント音での識別よりも聴診器付きマイクロホンで録音したシャント音での識別のほうが識別精度が良かった。

②RI値によって学習した識別はスタッフによる判断よりも識別精度が悪くなった。

今後の課題

今回得られた識別の精度では目的のシステムを実現するのには不十分である。そのため、今後は識別精度の向上が必要である。識別精度の向上するために特徴量や識別器の検討が必要であると考えられる。

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