研究背景
- 近年、ヘッドホンで音楽を聴く機会が増えてきている。しかし、ヘッドホンで聞くと音は立体的には聞こえない。そこで、頭部伝達関数(HRTF)と音源とを畳み込むことで、ヘッドホンでも3次元的のサウンドを得ることができ、立体的なサウンドを楽しめることができる。
- 頭部伝達関数(HRTF)について
- 音源から出た音が受聴者の外耳道入口に到着するまでに、生じる音の変化を伝達関数として表現したものであり、音源からの左右の耳への音の到達時間差と強度差それぞれが含まれている。
研究目的
- 頭部伝達関数(HRTF)を測定するには、無響室などの測定環境と角度ごとに測るため膨大な時間がかかる。またHRTFには個人性があり、他人のHRTFを使用すると音源がうまく定位できない問題がある。そこでHRTFデータベースを用いて、個人のHRTFを推定する。
従来研究
- HRTFは頭部や耳介の形状に依存すると考えられる。そこで、耳介4種類と頭部周辺5種類を測定し、合計9種類の身体的特徴量とHRTFの振幅応答との関係をもとに、重回帰分析を用いてHRTFを推定していく。
参考文献(重回帰分析に基づく頭部伝達関数の推定)
身体的特徴量
重回帰分析
解決したい課題
- 重回帰分析を行うにあたり説明変数で使用した9個の身体的特徴は、ダミーヘッドの作成時に定められた基準点を参考に選んでいる。しかし、推定する際に悪影響を及ぼす説明変数が存在する可能性がある。
- 9個の説明変数の中で目的変数であるHRTFへの影響が大きいかつ、最小限の説明変数で推定を行っていく。
提案手法
- 目的変数(HRTF)に対する説明変数(身体的特徴量)の影響を調査するため偏相関係数を求める。
- 変数増加法を用いて偏相関係数の大きい順に説明変数を選択していき、HRTF測定外被験者のHRTFを推定していく。
偏相関係数
- 偏相関係数とは目的変数と複数の説明変数があるとき、目的変数と1つの説明変数の関係を、他の説明変数の影響を除去して評価したものである。
変数増加法
- 最初に全ての説明変数の中で偏相関係数が一番大きい身体的特徴を重回帰モデルの説明変数に入れて推定を行う。このように重回帰モデルに偏相関係数が大きい順に説明変数を1個ずつ増やして推定を行っていく。
偏相関係数_結果
水平方向の身体的特徴が偏相関係数の値が高く、垂直方向の身体的特徴は低い値となった。
また、頭部周辺の身体的特徴の値が高く、耳介周辺の身体的特徴は低い値であった。
HRTF測定外被験者への適用方法
実験条件
- 使用データ数:80名(76名:重回帰モデル作成、4名:評価、20回)
- 身体的特徴量:9個
- 使用したHRTF:0度から355度まで5度間隔で72方向(名古屋大学HRTFデータベース)
- サンプリング周波数:48kHz
- 帯域:1kHz-8kHz、1kHz-12kHz
評価尺度
実験結果
オレンジ色の線が9個全ての身体的特徴量で推定を行ったもので、青色が提案手法で一番精度が良かった身体的特徴量である。
1kHz-8kHz、1kHz-12kHzにおいて、全ての角度で従来研究の9個の身体的特徴量で推定を行ったHRTFよりも、説明変数選択を行い推定を行ったHRTFの方が精度が良くなった。
以下の表は変数増加法で説明変数を増やしていった場合の結果である。
考察
- 9個の身体的特徴量うち耳介細部の測定値の標準偏差が小さいため、HRTFの推定においては悪影響であると考える。
- 帯域ごとに一番良かった説明変数の個数が異なったが、帯域を広げることで音の情報も増えるため、HRTFに対する身体的特徴量の影響が減ったのではないかと考える。
まとめ
<課題>
- 重回帰分析で説明変数を使用する場合に、推定に悪影響を及ぼす説明変数が存在する可能性がある。
<提案手法>
- 変数増加法を用いて偏相関係数が大きい順に選択していく
<結論>
- 偏相関係数は頭部周辺の値が高く、耳介細部の値が低かった。
- 1kHz-8kHzでは両耳間距離と頭囲(前)で推定したHRTFが良く、1kHz-12kHzでは両耳間距離で推定したHRTFが一番精度が良かった。
<今後の課題>
- 説明変数選択に変数増加法を使用したが、様々な説明変数の組み合わせを調査する必要がある。
- 重回帰分析を用いてHRTFの推定を行ったが、説明変数は量的変数でなければならないため、更に精度の高いHRTFを推定するには、重回帰分析以外の手法を検討する必要がある。