現在では、5.1chサラウンドシステムやヘッドフォンによるステレオ再生など、臨場感のある音の再生を可能にする技術には様々なものがあります。
その中のひとつに、バイノーラル録音再生と呼ばれる技術があります。
バイノーラル録音再生とは、「耳に入ってきたときの音の状態をそっくりそのまま録音し、そっくりそのまま再生すれば録音時の音場を感じられる」という原理のもと、
人の頭を模したダミーヘッドと呼ばれるもので録音し、それをヘッドフォンで聞けばそのときの臨場感をそのまま味わうことができる、という技術です。
上記のバイノーラル録音された音を、ヘッドフォンではなくステレオスピーカで再生しようというのがトランスオーラルシステムです。
トランスオーラルシステムでは、ヘッドフォンを装着することによる閉塞感などの問題を解決することができますが、代わりにヘッドフォンによるバイノーラル再生にはなかった問題が出てきます。
ヘッドフォンでは、左から出た音はそのまま左耳のみに、右からの音は右耳のみに入ります。
しかし、ステレオスピーカでは左からでた音が右耳にも、右からの音が左耳にも入ってしまいます。
これをクロストークと呼びます。
このクロストークがあると、バイノーラル再生は成り立ちません。
なので通常は、クロストークを無くすための処理を計算によって行います。
このクロストークを無くす処理には、あらかじめ室内インパルス応答を測定しておく必要があり、さらに測定時の場所から聴く人が動いてしまうと効果が得られなくなるという問題があります。
この問題を解決するために、処理に適応フィルタの仕組みを組み込むという試みを行っています。
適応フィルタとは、環境の変化(この場合では人が動くこと)に応じてリアルタイムにフィルタ処理を行い、環境の変化に追従できる技術のことです。
トランスオーラルシステムに用いる場合は、聴く人の耳元にマイクを設置し、最初にスピーカから出す音と耳元のマイクから録音された音との差をとります。
その差を最小にするようにフィルタの係数を更新していくことにより、人の動きに追従します。